農業経営計画モデルの作成法

 露地野菜作経営をモデルに取り上げて、農業経営の線形計画モデルの作成法を述べます。

1.モデル作成手順の概要
 線形計画モデルの作成作業は、おおむね次のように分けられます。これらの作業の順序は固定的なものでなく、前後を移動したり、繰り返したりして、より妥当なモデルを作成していきます。
(1)問題の設定
 作成した線形計画モデルを利用して、経営問題の何を解決したいか、何を明らかにしたいかを決めます。現在の作物別作型別の作付面積は妥当か、新しい作物や作型を導入するのは妥当か、新しい栽培技術は経営収支に何をもたらすか、借地や雇用を導入するのは得策か、等々です。
(2)資料収集・調査
 自分の経営についてのデータは簿記、作業日誌、メモ等が利用できますが、新しい作物の栽培技術や販売価格、借地や雇用の条件等は、関係者に聞くなり、資料を集めるなりします。
(3)データとモデルの作成
 収集した知識、データ等を元に、経営モデルに取り入れるプロセス、プロセスの稼働に係る制約条件、目的関数や制約式を立てて、モデルを作成します。最適解を求め、現実の経営内容やモデル作成の意図と照合し、モデルを修正します。
 
2.モデル作成の具体例
 以上の手順を、露地野菜作経営モデルや簡単な経営モデルを取り上げて、具体的に説明していきます。
(1)問題の設定
 農業経営モデルにより、まず「農業所得の最大化を実現する作目構成(作付面積)はどのようなものか」を検討することができます。さらに「収益性(利益係数)が変化したり、耕地面積が変化したとき、また雇用を利用したり、借地で規模拡大を図った場合、作目構成はどう変化し、農業所得はどの程度増大するか」等々、経営条件が変化した場合の経営の有り様、あり方を検討することができます。
(2)資料収集・調査
 簿記や作業日誌やメモ類から、自分の経営に関するデータを整理するとともに、降雨等の気象情報、雇用条件(周辺における日当や勤務時間、雇用可能延べ日数)や、借地条件(借地料、借地可能上限)を調べます。
 この後、データの加工とモデルの作成に移ります。
(3)プロセスの設定
 露地野菜作経営モデルには、メロン、スイカ、トウモロコシ、ダイコン、キャベツ、ゴボウの作物関係の6プロセスを設定し、後で雇用や借地のプロセスを追加します。
(4)利益係数の作成
 収集した資料をもとに、収益と費用を算定し比例利益を求めます(表1)。これが、利益係数のもとになります。

(5)労働係数の作成
 収集した資料をもとに、作物ごとに作業別時期別に労働時間を整理し(表2)、さらに作物別時期別にまとめます(表3)。時期別は、多くの場合に旬別が適当ですが、は説明の簡便化のために月別としました。

(6)制約量の設定
 経営耕地の制約量は、自分の経営で利用できる耕地です。
 労働時間の制約量は、旬別なり月別に、降雨日数や雨量に関する気象データや作業の特性、農業従事者の性別や年齢等をもとに、その期間に農作業に利用可能な労働時間を確定します。
(7)その他モデルに組み込む事項の整理
 自分の経営内容を再現するモデルを作成してから、雇用や借地を利用するモデルへ修正しますので、借地は周年か期間借地か、雇用の導入はどの時期にするか、借地料や雇用賃金はいくらか等々のデータや制約を整理します。
(8)目的関数の作成
 経営モデルを構成する目的関数と制約式については、スペースを節約するために、第1回に掲載の経営モデルを具体例にして、説明します。
 この経営モデルのプロセスは、作物A、作物B、作物Cの3つでした。それらの収量、価格、粗収益、比例利益、10a当たり労働時間は表4のとおりです。経営耕地は1ha、月間労働可能時間は360時間です。借地料は10a当たり2万円、雇用料金は1日8時間実働で8千円とします。

 では、目的関数を作成します。経営の目標は農業所得ですが、表5に示すように、目的関数として限界利益の算定式を採用します。これまで、プロセスの稼働水準を変数Xで表していましたが、ここでは他のアルファベットで表します。作物Aの稼働水準(作付面積)、作物Bの稼働水準、作物Cの稼働水準を、それぞれ10a単位でA、B、Cで表します。目的関数をZで表すと、表5のKになります。
 借地や雇用を利用すると、利用に伴う費用が発生しますので、目的関数が修正されますが、それについては借地や雇用の個所で述べます。

(9)制約式の作成
 次に、制約式の作成方法です。プロセスと制約要素の関係や、プロセス相互の関係等を、数式に表します。その後、それらの式を変形して、単体表の様式に合致させて左辺に定数項を集め、右辺に変数を含む項からなる1次式とします。変形後の形式を「定左形」と呼ぶことにします。以下、主な制約式について、作成の考え方と具体例を示します。
[1] 土地(耕地)
 制約要素は、各時期ごとに、利用可能量と必要量とのバランスを考えます。したがって、土地も、細かく見れば月ごとに、大まかに見れば年間であるいは半年ごとにバランスを考えることになりますが、作物の栽培期間を考えて、一毛作地帯では年間で、2毛作地帯では半年ごとに、野菜等を1年に3作栽培する経営では年間を3つの時期に分割して、各時期の作付面積と経営耕地のバランスを考えるのが適当でしょう。各時期のバランスは表6の@とAのようになります(以下、丸数字は表6の式を示します)。
[2] 輪作
 1年目に作物Aを作付けた耕地に、翌年は作物Bを作付けるというようなときは、2作物の作付面積は等しくなりますので、B、Cのようになります。
[3] 作付制限
 連作障害、生産調整等によって作物の作付面積が制限されている場合、たとえば作物Aの作付が5ha以下に制限されている場合は、Dのようになります。
 また、作付面積が全耕地の40%以下というように比率で制限される場合は、E、Fのようになります。
 稲作の生産調整も同様に考えることができます。
[4] 借地
 労働力に余裕のあるとき、あるいは省力的な作物を入れて耕地規模を増やしたいときには、借地の効果を知りたいです。そのようなときには、借地のプロセスを設定します。借地面積をDとします。すると、耕地のバランスは、G〜Iのようになります。
 10a当たり2万円の借地料を支払いますので、目的関数をJのように修正します。
 なお、借地できる面積に上限(例えば1ha)があると、Kの制約式が追加されます。
[5] 労働
 労働のバランスをとる各時期は、農作業の適期幅によって旬別、月別、時には半旬別、2旬別等、色々考えられますが、多くの場合、旬別に設定すればよいでしょう。各時期のバランスはLのようになります。
 月別の設定で5月を例示すると、Mのようになります。
[6] 雇用労働
 忙しい時期には、人を雇って働いてもらう。そんな場合の制約式の作り方です。Nのように考えます。
 人を雇うプロセスを設定し、例えば雇用労働と名付け、その稼働水準(延雇用日数)をEで表します。延雇用時間に換算すると、8Eです。
 5月に雇用を利用するとすれば、O、Pのようになります。
 人を雇う対価として賃金を支払いますので、目的関数を修正します。1日当り雇用労賃が8千円ですので、8E千円を支払賃金として支出しますので、Qのように修正されます。
 なお、雇用労働の雇用可能量に上限(例えば延べ50日)があると、Rの制約式が追加されます。
以上で、主な制約式が作成でき、経営モデルが作成できますが、次のようなことをモデルに組み込んでおくと、便利です。
[7] プロセスの分割
 作物Aのプロセスを作物Aを生産するプロセスPと、生産された作物Aを販売するプロセスSに分割します。同様に、作物Bは生産プロセスQと販売プロセスTに分割し、作物Cは生産プロセスRと販売プロセスUに分割します。この分割によって、次に述べるように、収量や単価が技術係数や利益係数としてモデルに直接現れますので、収量や価格水準を手軽に変化させて、その影響を検討することができます。
 まず、目的関数が、表7の@のように変わります(ここからは、丸数字は表7の式を示します)。
 次に、生産プロセスP、Q、Rと販売プロセスS、T、Uとの間には、「販売量(生産量)=収量×作付面積」という関係がありますので、次のような制約式を設定します。作物Aについては、A、B のようになります。
 同様に、作物B、Cについては、C、Dになります。
[8] 経済計算式の設定
 変動費(V)、粗収益(W)、限界利益(Y)等の経営成果を表す概念をプロセスに設定して、モデルの中で経済計算をさせることができます。
 変動費は、各プロセスの変動費の合計ですので、E、Fのようになります。
 同様に、粗収益は、Gです。
 限界利益は、粗収益から変動費を差し引いたものですので、H、Iのようになります。
[9] 目的関数を所得にする方法(固定費の控除)
 目的関数の値は、通常、農業所得より固定費の分だけ多い限界利益ですが、固定費が最適解の内容が変化しても不変の場合には、前項と同様の方法で、目的関数の値を農業所得にすることができます。たとえば、固定費が30万円だとすると、稼働水準が1で利益係数が−300千円の固定費プロセスFを設定します。
 目的関数は、Jになります。
 同時に、Kの制約式を設定します。
 
 以上でモデルの作成方法を終わります。
 
 ここで、問題の設定にそったモデルの作成ということになりますが、それは演習課題とします。
 課題1:表1(利益係数)と表3(労働技術係数)のデータを利用すると、次のような露地野菜作経営モデルが作成できます。この経営モデルに、雇用労働のプロセスを追加した経営モデルを作成して下さい。

 回答例:下図が、モデルの作成例をXLPの「単体表」シートに記入したものです。



計算結果を下図に示します。 雇用労働を活用すると、耕地を効率的に利用することの有利性が増すので、面積当たり収益性の高いスイカとダイコンに作付が特化し、農業所得は4割ほど増加しています。



 課題2:このほか、借地を導入したり、プロセスを生産と販売に分割したり、経営収支の計算を組み込んだりするモデルも作成してみて下さい。
 
 身近の具体的な農業経営問題の経営計画モデルを作成し、経営問題を検討してみてください。
 ご健闘を祈ります。